高見知英の声日記ブログ

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SBCast.#164 振り返り:理系の視点で解釈する「開かれたお寺」と知識の重要性

ちえラジChat、水曜日が始まりました。 今回は先日配信したSBCast.最新回、第164回の振り返りをお届けします。

ゲストにお越しいただいたのは、千葉県市川市にある玉泉山 安国院の住職、中山雅紀さんです。

理系の視点から語られる仏教

中山さんは、お話を伺っていると本当に「ガリガリの理系」という印象を受ける方でした。 科学系の活動を専攻されていたという背景を持ち、その視点から仏教を解釈されているという・・・。

これまでもお寺の方には何度かお話を伺ってきましたが、知人の紹介ということもあり、また一味違った「開かれたお寺」の形を見せていただいた気がします。

仏教の多様性と「オープンさ」

お寺のご住職や副住職の方へのインタビューは、SBCast.でもいくつか事例があります。 「おてらおやつクラブ」さんや「お寺ジオ」さんなど、活動の形は本当に多種多様です。

毎回驚くのは、仏教という軸がありながら、ここまで活動の幅が広く、オープンでフリーなんだなというところ。 宗派の違いだけでは割り切れない、それぞれの個性が光っているのが面白いなと思います。

こうなると、キリスト教やイスラム教など、他の宗教で活動されている方の視点も気になってくるところですが、なかなかそういった活動をされている方を見つけるのが難しくて・・・。 もし何か情報があれば、ぜひ教えていただきたいなと思っています。

「執着を手放す」ための知識

今回のお話の中で、個人的に特に重要だと感じたのが「執着から離れる」というテーマです。

自分なりの解釈ですが、宗教というのはその土地や環境で「よりよく生きるためのメソッド集」のようなものなのかな、と考えています。

ただ、何でもかんでも手放せばいいというわけではありませんよね。 「これを手放しても大丈夫か」を判断するには、その分野に対する最低限の知識が必要になります。

番組内で触れたAIの話もそうですが、仕組みを知っているからこそ、適切な距離感を保てるようになる。 執着を手放したり、あるいは緩く掴んでいたりするための「立ち位置」を決めるのが知識なのだとわたしは思っています。

橘 Galleryへ行ってみたい

千葉県市川市にある「橘 Gallery」。 自分も行けない距離ではないので、お話を聞いていて非常に興味が湧きました。

あの周辺は他にも気になっているスポットがあるので、いつか朝早くから時間を取って、ゆっくりと回ってみたいなと思っています。

今回の本編エピソードはこちらから聴くことができます。

SBCast.#164 アートと教養のお寺(玉泉山 安国院 with 橘 Gallery 中山雅紀さん) - LISTEN

今回の振り返り音声はこちら: listen.style

関連リンク: pilgly.net

明日は木曜日のフリートークをお届けする予定です。 ではでは。