高見知英の声日記ブログ

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ハンドルネームという「自分で選ぶ名前」のススメ

ちえラジChat、木曜日が始まりました。 今回はフリートークということで、「ハンドルネーム利用のススメ」というお話をしようと思います。

ペンネームや芸名など、シチュエーションによって呼び名は変わりますが、こういった「名前」のお話です。

名前が変わることの影響

先日、地域で活動している知人が結婚や離婚で苗字が変わった、という話を聞く機会がありました。

昔のように表舞台に出る人が限られていた時代なら、そこまで大きな影響はなかったのかもしれません。 ですが、今はオンラインメディアやコミュニティスペース、誰もが何らかの活動をしている時代ですよね。

オンラインでの活動はSNSしかない、あるいはそもそもそれもやってない みたいな人でも、地域で何らかの活動をしてたりとか、直接関係性のない誰かと関わる機会っていうのは結構皆さんあるわけです。

そんな中で、果たして本名を使うことに昔ほどの意味があるのか、あるいはデメリットが増えてきたのではないか・・・というところを考えてしまうんです。

知る必要のない情報を意識させない

例えば、コミュニティスペースの利用者さんが、運営者の苗字が変わったことを知る必要ってあるのかな?と思うんですよね。

たとえ意識させないようにしていても、うっかり前の名前で呼んでしまった時に「あ、名前を間違えちゃった」と利用者に余計な気を使わせてしまうかもしれません。

プライベートな家庭環境の変化を、活動の場でわざわざ意識させる必要はないんじゃないかな、というのが自分の考えだったりします。

自分で決める名前への愛着と責任

それに、ハンドルネームやペンネームは、自分で考えて決めるものです。 家族が決めた本名とは違って、自分で選んだからこそ、自分自身の責任感も上がるのではないかなと思うんです。

ちなみに、私が使っている「高見知英」という名前は、中学2〜3年生の頃に決めたものです。 当時、文芸部のような活動をしていて、その時の主人公の名前をそのまま使っています。

苗字は地図上の地名から、名前は当時の赤ちゃんの名前事典から拝借しました。 もう30年近くこの名前を使っているので、ものすごく愛着がありますし、よほどのことがない限りずっと使い続けるつもりです。

匿名と責任感の話

よく「実名以外(匿名)の活動は責任感が軽くなる」と言われることもありますが、個人的にはそんなことはないよね、と思っています。

その場限りの名前ではなく、ある程度固定した名前で活動しているのであれば、責任感は本名と大して変わらないのではないでしょうか。

私の場合、本名と同姓同名の有名人が何人かいることもあって、ネットで本名を名乗るメリットがほとんどないという事情もあります。 地域のコミュニティでも「高見さん」と呼ばれていますし、本名を知っている人はほとんどいないかもしれませんね。

自分の名前を考えてみる

表現活動や支援活動をするにあたって、本名が邪魔になってしまうケースは意外と多いものです。

本名に近い名前でも、全く関係のない名前でもいい。 何か活動を始める時に、自分自身の名前を改めて考えてみるのも、一つの良い選択肢なのかなと思います。

願わくばどこかへの署名であるとか発表者名であるとか、そういうようなより公的に近いシチュエーションにも、もっとこのような名前が使えるようになってくれればいいなと思います。

今回のエピソードはこちらから聴くことができます。

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明日の金曜日は、週替わりテーマの「アニメ」についてお話しできればと思います。 ではでは。