高見知英の声日記ブログ

ちえラジChat・高見知英のゲームの話しかしないポッドキャストなどの高見知英のポッドキャストのテキスト版です

大事なことほどお金にならない問題:社会的な活動と収益化のジレンマ

ちえラジChat、木曜日が始まりました。

今回はフリートークということで、「大事なことほどお金にならない問題」について少し考えてみたいと思います。

先日放送した「まちのえんがわキャスト」のみやっこベース・早川さんのお話もそうでしたが、社会的にすごく大事なことなのに、なかなか事業化や収益化が難しいことって、実はたくさんあるんですよね・・・。

「大事なこと」と収益のバランス

自分がこれまで「まちのえんがわキャスト」や、その前身の「SBCast.」などで取材してきた団体の多くも、活動自体はすごく意義があるのに、収益化はできていないというケースが結構ありました。

関わっている方々の「手弁当」で実践されている事例も、少なくなかったなという印象です。

このポッドキャスト自体も、ある意味ではそうかもしれません。

自分自身の勉強だと思ってやっている面もありますが、本来「仕事」というのは、自分の勉強にもなって、かつお金にもなるものだと思っているので、本当はこれもしっかりお金になっていなきゃいけないんだろうな、なんて思ったりもします。

ルールに縛られることの難しさ

子育て支援や、地域のフリースペースといった活動も、なかなか資金が回っていないところが多いなと感じます。

ただ、これをお金にしようとすると、今度は「責任」が生まれてしまうんですよね。

法律上の枠組みやルールが厳しくなって、結果として学童保育のようにがんじがらめになってしまう。

そうなると、本来の「面白さ」や「自由さ」が失われてしまうという、難しいループが発生してしまうのかなという気がしています。

誰が地域を支えるのか

お金にできない活動が増えると、結果的に「お金に余裕がある人」か、あるいは「お金はないけれどなぜかそこに居続けている不思議な人」くらいしか、その場を維持できなくなってしまいます。

地域活動の担い手がお年寄りばかりになってしまうという現状も、こうした背景があるのかもしれません。

もちろん、Kotocafeの藤本さんのように、企業との連携などで非常に賢く収益化を考えていらっしゃる方もいます。 でも、そこまで頭をフル回転させないと地域活動が維持できないというのは、少しハードルが高すぎる気もするんですよね。

経済的に見れば「何もしていない」ように見なされてしまうけれど、社会的にはとても面白いことをしている。 そんな状況を、どうにかしていけないものかなと考えています。

具体的な解決策はまだ見えませんが、これからもこうした活動をされている方々の声を届けていければと思います。

今回の配信はこちらから聴くことができます。

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関連リンク

明日の金曜日は、週替わりテーマの「アニメ」についてお話しする予定です。 それでは、また。