高見知英の声日記ブログ

ちえラジChat・高見知英のゲームの話しかしないポッドキャストなどの高見知英のポッドキャストのテキスト版です

浮世離れしすぎないためのゲーム

ちえラジChat、金曜日が始まりました。 今週の週替わりテーマは「ゲーム」について。

今回は「浮世離れしすぎないためのゲーム」というお話をしようと思います。

社会から離れると「常識」が抜け落ちる?

最近、X(旧Twitter)やstand.fmなどで色々な方とお話ししていて、ふと思うことがあります。

いわゆる集合形式の仕事や、外の社会から離れた生活が長くなると、案外「一般常識」と言われるようなものが、すんなり頭から抜け落ちてしまうことがあるのではないか・・・というところです。

例えば、生活必需品の原料が何なのか、日常的に使っているものの仕組みがどうなっているのか。 そういったことは、誰にでも忘れてしまう可能性があるのかもしれないと、少し驚いたところがありました。

狭まる行動範囲と「うっかり」の背景

特に在宅でのお仕事や主婦(主夫)業など、家から出ない生活が続くと、行動パターンがどうしても狭まってしまいます。 その結果、世間一般で言われるレベルのことがピンとこなくなってしまう・・・ということがあり得るのかなと感じています。

昔話題になった「レンジで猫を乾かそうとした」という話や、「軽自動車だから軽油を入れた」というエピソード。 これらは義務教育の問題というよりは、社会や自分とは違うタイプの人たちがいる環境から離れてしまったことで、感覚を忘れてしまった結果なのかもしれません。

そう考えると、かつての「出勤」や「通学」という習慣は、こうした感覚を維持するための機能も果たしていたのかもしれないな、なんて思ったりしています。

ゲームが「常識」をつなぎ止める

自分も仕事の7〜8割は自宅にいますが、なんとか常識を保てているのは、もしかしたらゲームの存在があるからかもしれない・・・と感じることがあります。

ゲームの世界は、実は現実の常識の上に成り立っていることが多いものです。 「嘘の中に一つだけ本当を混ぜる」という言葉もありますが、全てが荒唐無稽なファンタジーだと、かえって面白くないんですよね。

現実によく似た物理法則や社会倫理があり、その中に少しだけ不思議な要素が混ざっている。 だからこそ、ゲームの世界は魅力的になるわけです。

ゲームを通じて色々な世界観に触れることは、結果として「この道具はこう動くよね」といった一般常識を改めて理解する機会になっているのかなと思います。

「楽しむこと」が教養に繋がる

大人が何かを学ぼうとする意欲は、やはり「楽しい」という気持ちから生まれるものだと思います。 そして、その楽しさを十分に享受するためには、最低限の教養や常識が必要になってくる。

忙しい大人こそ、楽しむことを忘れてはいけないのだなと改めて感じました。 楽しむ気持ちを失ってしまうと、どんどん常識から離れていってしまう可能性もあるのかもしれませんね。


今回のエピソードの詳細は、こちらのLISTENでもお聴きいただけます。

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明日の土曜日はお休みですが、高見知英のゲームの話しかしないポッドキャストは配信します。

また月曜日には、一週間の予定をお話しする予定です。

それでは、また。