高見知英の声日記ブログ

ちえラジChat・高見知英のゲームの話しかしないポッドキャストなどの高見知英のポッドキャストのテキスト版です

ゲームとゲーマーの想像力:今のゲームに「想像の余地」はないのか?

高見知英のゲームの話しかしないポッドキャスト、第67回を配信しました。

今回は、特定のタイトルのお話ではなく「ゲームと想像力」という、少し抽象的なテーマで考えてみたことをお話ししています。

#67 - ゲームとゲーマーの想像力 - LISTEN

忙しい日々の中でのゲーム時間

最近は仕事が多く、なかなかじっくりゲームをする時間が取れずにいます・・・。

フリーランスとしての作業や、AIを使ったまとめ作業などをしていると、あっという間に寝る時間になってしまって。

今はAIの処理待ち時間に『Sky 星を紡ぐ子どもたち』のデイリークエストをこなすのが精一杯、というところがありますね。

もう少し時間が取れるようになったら、またいろいろなゲームに触れていきたいなと思っています。

「最近のゲームは想像の余地がない」という意見

先日、あるポッドキャストで「昔のゲームはワイヤーフレームや記号だったから想像力が掻き立てられたけれど、今のゲームはビジュアルがしっかりしすぎていて想像の余地がない」というお話を聞きました。

確かに、ドット絵やワイヤーフレームの時代に比べれば、キャラクターの姿を補完する必要はなくなったのかもしれません。

でも、本当に想像する余地はなくなってしまったのでしょうか?

数値やアクションの裏側を想像する楽しみ

例えば、RPGでおなじみの「HP(ヒットポイント)」という概念があります。

現実世界にはHPなんてものはありませんが、これをどう解釈するかだけでも、想像の余地はたくさんあると思うんです。

昔の『ウィザードリィ』の説明書には、「歴戦の勇士ほど致命傷を避けられるから、倒れるまでのポイントが多いのだ」といった趣旨の解説があったといいます。

『ファイナルファンタジーX-2』などでも、強力な敵から受けるダメージが意外と少なかったとき、「きっと主人公たちは旅を経て、攻撃をすんでのところで回避できるようになったんだな」と想像してみたり・・・。

ビジュアルが綺麗になった今でも、システム上の数字やキャラクターの動きの裏側を想像する楽しさは、変わらず残っているのではないでしょうか。

想像力の「対象」が変わっただけなのかもしれない

今のゲームでは、キャラクターの表情や仕草が細かく描写されます。

だからこそ、「今、このキャラクターは心の中で何を考えているんだろう?」といった、より内面的な部分に想像を巡らせるようになったのかなと思います。

それは自分自身が年齢を重ねたからかもしれませんし、ゲームの表現力が進化したからこその変化なのかもしれません。

今の時代のビジュアルだからこそできる楽しみ方、というのもきっとあるはずですよね。

大人がゲームの楽しみ方を語り合える場を

「最近のゲームは難しそう」「想像の余地がなくて面白くない」と感じて離れてしまうのは、少しもったいないなと感じています。

ゲームのジャンルごとの面白がり方や、戦略を考える楽しさを共有できる場があればいいな、と思ったりします。

私が活動している山手縁乃庭などでも、ゲームに興味はあるけれど入り口が分からない、という高齢の方にお会いすることがあります。

新旧のゲーマーや、これから始めたい人が集まって、お互いに楽しみ方を教え合ったり、一緒におすそわけプレイを楽しんだり・・・。

そんな「大人の遊び場」のような空間が作れたら面白いんじゃないかな、なんていうふうに考えています。

皆さんは、今のゲームをプレイしながらどんな想像を膨らませていますか?

#67 - ゲームとゲーマーの想像力 - LISTEN