高見知英の声日記ブログ

ちえラジChat・高見知英のゲームの話しかしないポッドキャストなどの高見知英のポッドキャストのテキスト版です

仮面ライダーマイスはじまりましたね

ちえラジChat金曜日始まりました。 今回は週替わりテーマ「アニメ・特撮」ということで、新しく始まった『仮面ライダーマイス』についてお話ししようと思います。

新ライダー「マイス」の始まり

今回のテーマは「十二支」ということで、敵は「不可思議」という正体不明の存在ではあるものの、実体がある相手ですね。 前作の『仮面ライダーゼッツ』と比べると、今のところはすごく分かりやすいお話になっているのかなと思います。

日曜朝の時間は、一つ前のプリキュアから、その後の『オメガホーン』も含めて、1時間半ずっと楽しんでいるような感じでございます。 逆に、SNSへの投稿回数が最後まで足りるかなと、毎回不安に思うくらい充実していますね。

十二支同盟と猫のエピソード

作中には「十二支同盟」という団体が登場します。 面白いのが、ネズミがいなくて代わりに猫がいるという設定ですね。

十二支の中に猫が入っている、あるいはネズミに騙されて入れなかったというエピソードは、他の中のアニメなどでもよく見かけるモチーフなのかなと思います。 そこをあえて持ってくるあたり、今後の展開が気になるところです。

これから他の十二支の仮面ライダーも続々と出てくるのでしょうし、おそらく全部で13人くらいになるのでしょうか。 それぞれのライダーがどれくらい活躍するのか、今から楽しみですね。

大正時代から続く物語の演出

今回の設定で個人的に面白いなと思ったのが、物語の原点となる「エピソードゼロ」が100年前の大正時代にあるという点です。

その影響か、劇中に縦書きの文字がちょこちょこ出てくるのも良い味を出しているなと感じます。 特に最初の大正時代のシーンが、無声映画風の描写から始まって、だんだんと色がついていく演出は、視覚的にも非常に興味深かったです。

現代的な要素と、こうしたレトロな演出が今後どう馴染んでいくのか・・・。 奇想天外すぎない、分かりやすい面白さがあるなというふうに思っています。

主人公マイスの異質さと謎

主人公であるネズミの仮面ライダー「マイス」は、十二支同盟には所属していない、イレギュラーな存在として描かれています。

他のライダーと違って制御バックルがなかったり、肩にベルトをかけていたりと、見た目からして少し特殊ですよね。 変身や解除に他人の承認が必要という設定も、これまでにない要素で面白いなと思います。

何より、変身者が現代人なのはひょっとしたらネズミだけなのかもしれない・・・というような描写もありました。 このあたりの謎が後々どう語られるのか、非常に楽しみなところです。

まだまだ先は長いですが、これからの展開を期待して見守っていこうと思います。

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今日の話はこれくらいで終わりにしたいと思います。 明日は土曜日でお休み、週明けの月曜日はいつものように近況のお話をできればと思います。

ではでは。

関連リンク

無知の知 - インターネット時代だからこそ大切にしたい感覚

ちえラジChat木曜日、始まりました。 今回はフリートークということで、「無知の知」という言葉について、自分なりに考えていることをお話ししてみました。

情報が溢れる時代だからこそ

「無知の知」という言葉。

特に今みたいに、インターネットで本当にたくさんの情報に触れられる時代。だからこそこれはより大事な言葉だなっていうふうに思っているんです。

あちこちで情報が飛び交う中、自分の知識をある程度「ラベリング」しておく。

  • 名前だけは知っている
  • 聞いたことはあるけれど、中身は知らない
  • これについては、一人称で語れる

といった具合に、自分の中での理解レベルをしっかり把握しておくことが、とても重要になっている気がします。

「知っているふり」の危うさ

昔であれば、活動分野が人ごとに分かれていたので、知らないことがあっても致命的な問題にはなりにくかったのかもしれません。 でも今は、SNSなどで誰もが発信し、受信する時代です。

知らないのに知っているふりをしたり、ちょっとしか知らないのにわかっているふりをしたりすると、痛い目を見る率が昔より上がっているんじゃないのかな、と思うんです。

「わかっているつもり」で話して炎上してしまったり、実際やってみてうまくいかなかったり・・・。 そういうことにならないためにも、「自分はこの辺りまでは知っているけれど、ここから先は知らないんだ」と明確に自覚しておくことが大事なんだろうな、と思います。

知らない分野へのリスペクト

あとは、知らない分野についてはデフォルトでリスペクトを持とうとする思考。 それが大事なのかな、というふうに思います。

知らないことにリスペクトを持てないでいると、結局、知らないことをやっている相手に冷たく当たってしまったり、傷つけてしまったりする。

人との関係を保つためにも、まずは敬意を持つという姿勢を大切にしたいものです。

それって難しいんだろうな、とは思いますけれど。 そういう感覚を保つのも、表に出していくのも、なかなか難しい。

だからこそ、いろんな分野の人に会って話して、リスペクトを持つ側に立つという態度に慣れておくことが必要なのかな、なんて考えています。

明日の金曜日は、週替わりテーマで「アニメ」についてお話しできればと思います。 ではでは。

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まちのえんがわキャスト #11 振り返り:デジタル終活と技術的な課題について

ちえラジChat、水曜日が始まりました。

今回は、先日配信した「まちのえんがわキャスト #11」の振り返りをお届けします。 ゲストにお越しいただいた、NPO法人エンディングセンターの井上美香さんとの回についてですね。

終活というテーマに向き合う理由

「終活」というテーマ、実は自分の中でも最近すごく気になっているところなんです。

以前、自分が愛用していたソフトの作者さんが亡くなられたことがあって・・・。

その後、ドメインが放置されてスパムサイトになってしまったという、かなり衝撃的な光景を目の当たりにしました。 あの時の苦い思い出がずっと残っていて、あんなことが少しでも減ればいいな、という思いが活動の根底にあるのかなと思います。

特に今の時代、LinuxやUnixなどのオープンソースに関わる中核の方々も、そろそろ「その後」を考えなければいけない年齢に差し掛かっているはず。 技術を支える人たちの終活についても、ちゃんとお話ししておきたいなと感じていました。

デジタル終活の難しさと技術的な壁

今回の収録では、デジタル終活の現状について色々とお話しできました。 ただ、まだまだ語りきれていないこともたくさんあるな、というのが正直な感想です。

例えば、二段階認証の問題。 パスワードだけでなく、SMS認証やAuthenticatorアプリ、最近だとパスキーなどもありますよね。 これらはスマートフォンが「鍵」になりますが、もし本人が亡くなって電話を解約してしまったら、その時点でアクセスできなくなってしまうものもあるわけで・・・。

相続する側にも、ある程度の技術知識が求められてしまう場面が増えています。

「パスワードさえあればいい」と思っていた遺族が、いざ開こうとした時にワンタイムパスコードを求められて立ち往生してしまう。 そういった「意図しない表示」に直面した時の難しさは、今後さらに大きな課題になっていくのかなと思います。

これからの展望

エンディングセンターさんは町田を拠点に活動されているので、またどこかでお話を伺う機会を作れればいいなと考えています。 まちのえんがわキャストとして深掘りするのも良いですし、あるいはオンラインライブのような別の形でお届けするのも面白いかもしれません。

デジタル終活については、もっともっと深掘りしてみたいテーマです。 皆さんも、もし気になることがあればぜひ教えてください。

今回の振り返り元となったエピソードはこちらから聴くことができます。

本日の音声版はこちらです。

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明日は木曜日、フリートークの予定です。 それでは、また。

プログラミング授業二日目を終えて:学習環境の課題と、伝えたいこと

ちえラジ Chat、火曜日が始まりました。

先日、泉区にある緑園学園の中等部(後期課程)で行っている、プログラミング授業の二日目を終えてきました。 今回は、そこで感じた現在の学習向けプログラミング環境の課題について、少しお話ししてみたいと思います。

泉区・緑園学園でのプログラミング授業

この授業は、地域の人から普段の学校教育とは違う視点を学ぼうという、学校独自の取り組みの一環です。 自分はプログラミングコースの講師として、7年生から9年生(中学1〜3年生)の希望者が集まる合同クラスを担当しています。

カリキュラムとしては、このような構成で進めています。

  • 1日目: Scratchでの導入
  • 2日目・3日目: JavaScriptで「丸を書いて動かす」実習
  • 4日目・5日目: 自由制作(自分のプロジェクトをいじる)

最終的には学校全体での発表会もあり、生徒たちの成果を見守る形になっています。

学習環境「WebMaker」のメリットと課題

2日目からはJavaScriptを扱うのですが、実行環境には「WebMaker」というツールを使っています。 CodePenに近いものですが、最大の特徴は「アカウント作成なしで使える」という点です。

ブラウザのローカルストレージにデータを保存できるので、授業の期間中であればデータを保持しておける。GIGAスクール端末などでアカウント管理が難しい現場では、非常に重宝しています。

ただ、やはり課題も多いなと感じていて・・・。

「間違い探し」で終わらせないために

一番の課題は、エラーの分かりにくさです。

  • 構文エラーや大文字・小文字の間違いに気づきにくい。
  • エラーログが英語なので、中学生には内容が伝わらない。
  • 入力補完(インテリセンス)が弱く、スペルミスが起きやすい。

生徒さんから「先生、動きません!」と呼ばれたとき、どうしても「間違い探し」に時間が取られてしまうんですよね。 一人のミスを修正するのに数分かかっている間に、他の生徒さんを待たせてしまう。これは教える側としても、待っている生徒さんにとっても、なかなか辛いところがあります。

ロジックの本質ではない部分でつまずいてしまうのは、JavaScriptを学ぶ上でもったいないな、と感じるわけです。

プログラミングを嫌いにならないでほしい

あえてJavaScriptを選んでいるのは、今の時代に「実際に動くもの」をすぐに作れる経験をしてほしいからです。 将来、彼らが大人になったときにJavaScriptが主流かは分かりませんが、「自分で何かを作れる」という感覚は持っていてほしい。

そんなとき、Scratchやプログラミン、スプリンギンなどといった既存の学習者向けの環境だけでは足りないな とも思うのです。 現状実用的な言語を覚えていれば、OSSに関わる なんて活躍の選択肢も生まれますしね。

でもだからこそ、環境の不備で「プログラミングは難しい、面白くない」と嫌いになってほしくないな、と強く思います。

文部科学省の教材などではJavaScriptやPythonなどのワークも用意されているようですが、現場でどうやってスムーズに動かすか、エラーとどう向き合うか。そのあたりの「初学者向けの環境づくり」については、もっと議論が必要なのかもしれません。

授業は10月から11月にかけて、まだまだ続いていきます。 不安もありますが、最後にはわたし自身も、生徒のみなさんも「やってよかった」と思えるような時間になればいいなと思っています。


音声での全編はこちらからお聴きいただけます。

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前回の授業の様子はこちら:

山手縁乃庭のこれまでとこれから

ちえラジChat、月曜日が始まりました。

今回は近況のハナシということで、横浜市山手駅前で活動してきた「山手縁乃庭」のこれまでとこれからについて、少しお話ししようと思います。

先日、自分が行っている「街のお茶の間 子どものフリースペース」が、現在の場所での最終回を迎えました。

最終日に集まった子どもたちの姿

最終日となった24日は、本当にすごかったですね、たくさんの子どもたちが来てくれました。

夏休み前以来の子もいれば、1年ぶりという子もいて。 1年生から6年生まで、本当に幅広い学年の子が集まってくれました。

年代が違う子たちが自然に会話をして、仲良く過ごしている様子を見ると、やっぱりこういう場があって良かったなと感じます。

以前は0歳の赤ちゃんが来ていた時期もありました。 核家族化が進んで、赤ちゃんやお年寄りと触れ合う機会が減っている今、地域の中で多様な世代と会話ができる環境は、子どもたちにとっても、そして自分自身にとっても、とても良い励みになっています。

「自分たちごと」になった4年間

この活動が始まった4年前、正直なところ、自分は子どもとどう関わればいいのか分からなかった部分もありました。

それでも続けていくうちに、少しずつ慣れてきたのかなと思います。 子どもたちの声を聞いていると、こういう場所を守りたい、楽しんでもらえる場を作りたいという気持ちが自然と湧いてくるようになりました。

自分には子どもはいませんが、あの子たちはもう「赤の他人」ではなく、自分の中では「自分ごと」として捉えられる存在になったんだな、と強く感じています。

地域の遊び場としての役割

山手の周辺って、実は意外と公園が少ないんですよね。 山を登ったり、かなり歩いたりしないと、外で遊べる場所がありません。

住宅街でどこも舗装されているし、空き地もない。 そうなると、結局家の中で遊ぶしかなくなってしまいます。

だからこそ、この「山手縁乃庭」が貴重な場所として求められていたのかな、なんて思ったりもします。 今の世の中、子どもたちが自由に遊べる環境が少なくなっているからこそ、こういう場所は必要ですよね。

これからの「山手縁乃庭」

これからは新しい場所へ引っ越すことになります。 少し狭くなってしまうので、今まで通りの遊びができるかはまだ分かりません。

最終日、いつもは「危ないからダメだよ」と止めていた追いかけっこも、最後だからと黙って見守っていました。 子どもたちも、この場所から離れることをどこかで感じ取っていたのかもしれません。

場所は変わりますが、これからも子どもたちの遊び場としての活動は続けていきたいですし、プラスアルファで何か新しいこともできればいいなと考えています。

具体的な形が見えてきたら、またこの「ちえラジChat」やライブ配信でお話しできればと思います。


今回のエピソードの音声はこちらから聴くことができます。

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関連リンク:

明日は火曜日、プログラミングについてのお話をする予定です。 ではでは。

2026/10/04 ここ最近の出来事の話 — プログラミング授業やOSS Gate 10周年、地域の活動について

今週も一週間が始まりました。 毎週この時間は、ここ最近の出来事の振り返りと、これからの予定についてお話ししています。

今回は9月27日から10月3日までの振り返りと、本日10月4日以降の予定についてまとめてみました。

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プログラミング授業の難しさと手応え

9月29日に、緑園学園での「表現未来デザイン科」プログラミング授業の2日目がありました。 2022年の創立以来、講師を務めさせていただいている講座です。

今回はJavaScriptを使って「丸を描く」という内容だったのですが、正直なところ、これまでで一番苦戦した回だったかもしれません。

丁寧に説明しようとしすぎて、予定していた「丸を動かす」ところまで辿り着けず・・・。 生徒さんたちの興味が少し途切れてしまった場面もあり、自分としては「失敗しちゃったかな」という反省が残る内容でした。

一度ネガティブなイメージを持たれてしまうと、その後の学習に影響してしまいます。 3日目に向けて、しっかりフォローできる資料作りを頑張らなきゃなと思っているところです。

地域の交流とITコミュニティの接点

10月2日には、東戸塚の「夜のユースステーション」に参加してきました。 地域の人たちが集まって雑談する場なのですが、やはり直接お話しできるのは楽しいですね。

そして翌3日には、東京の三田で開催された「OSS Gate 10周年記念オフラインカンファレンス」へ。 IT系の勉強会に参加するのは久しぶりでしたが、非常に刺激的な時間でした。

ディスカッションのテーマは「OSS Gateの10年後」。 AIがコードを書く時代に、オープンソースコミュニティはどうあるべきか、といった深い議論が交わされました。

そこで感じたのは、ITコミュニティと地域コミュニティの「話の噛み合わなさ」です。

でも、その違和感こそが対話の始まりなのかな、とも思います。

ITに詳しくない人たちと、技術にどっぷり浸かっている人たち。その橋渡しをするような役割を、自分なりに模索していきたいと思います。

これからの予定:拠点の移転と市長選企画

これからの1週間も、いろいろと動きがあります。

  • 縁乃庭の引っ越し支援: 新しい拠点でのネット環境やゲーム機(Switch)の設定など、技術的なサポートを行う予定です。
  • 山手縁乃庭の再始動: 10月8日には新しいスペースでの活動がスタートする見込みです。子どもたちが自由に遊べる場として、どう馴染んでいくか楽しみですね。
  • 横浜市長選 特別対話企画: 10月12日には「ラシク045」のイベントとして、横浜市長選挙の候補者と一緒に横浜の未来を考えるサロンが開催されます。

市長選の候補者の方々には、プログラミング教育に関する質問状も送っています。 どんな回答が返ってくるのか、あるいは返ってこないのか・・・。そのあたりもしっかり見極めていきたいと考えています。

ポッドキャスト運営の裏側

「まちのえんがわキャスト」の収録についても、少し調整が必要です。 本日予定していた収録が急遽キャンセルになり、11月前半の配信枠が空いてしまいました。

急いで新しいゲストさんを探しているところですが、こうした「収録貯金」がない状態はなかなか焦りますね。 StreamYardやZencastrといったツールを駆使しながら、余裕を持って編集できる体制を整えていこうと思います。


日々の活動やポッドキャストの更新情報は、LISTENのユーザーページなどからご確認ください。

それでは、また次回お会いしましょう。

ゲームの話 #81 教育のためのゲームはアリなのか?「楽しさ」が先にあるからこそ学べること

高見知英のゲームの話しかしないポッドキャスト、第81回目になりました。

今回は「教育のためのゲーム」というのはアリなのか、というお話を少し真面目に考えてみようかなと思います。

最近、学びにつながるボードゲームのクラウドファンディングや、交流を目的としたゲームの出展を見かけることが増えました。 いわゆる「ゲーミフィケーション」というものですね。

ゲームから学べる「姿勢」と「考え方」

私自身、ゲームから学んできたことは本当に多いと感じています。

例えば『天穂のサクナヒメ』で米作りの工程を知ったり、『不思議のダンジョン』でトラブルが起きた時の対処の姿勢を身につけたり。 最近だと普代村の家の中でカメムシを見かけた時に、冷静に対処できたのも『Grounded』で虫と戦っていたおかげがあるのかも と思っています。

歴史の知識といった具体的なものだけでなく、「こういう時にどう考えるか」という非言語的なスキルや姿勢が身につくのが、ゲームの面白いところなのかなと思います。

「遊び」が最前面に立っていることの大切さ

ただ、そうは言っても「学びが先に立っちゃいけない」のがゲームなんじゃないかな、とも思っています。

ゲームは基本的には「遊ぶもの」です。 学びや交流につながる側面があってもいいけれど、それはあくまで結果であって、主目的は「遊び」であってほしいなと。

「交流するためにボードゲームをやる」のではなく、「楽しいから遊んでいたら、結果的に交流が生まれた」。 その順番が逆になってしまうと、なんだか違う気がするんですよね。

遊びが入り口だからこそ、普段は興味がない分野にも偶然触れることができる。 その「偶然」を生み出すのが、ゲームの力なのかなと感じています。

ハンバーグとピーマンの例え

この話をAIでまとめていたら、面白い例えが出てきました。

「子供に栄養があるからとピーマンを丸ごと出しても食べないけれど、ハンバーグにみじん切りにして混ぜたらおいしく食べる」というお話です。

最初から「これは教育ですよ」というラベルを貼ってしまうと、ゲーム本来の楽しさという「肉汁」が消え去ってしまうんじゃないか。 ゲームはハンバーグに隠された野菜ではなく、ハンバーグを食べる体験そのものが結果的に世界を広げるんだ、というまとめを見て、まさにその通りだなと思いました。

現実とつながる「記号接地」の力

例えば『デイヴ・ザ・ダイバー』を遊んでいて、ゲームに出てきた「タマリンド」という食材を現実のイベントで見かける。 「あ、これゲームで見たやつだ!」と興味を持って実際に飲んでみる。

こういう風に、遊びから現実の知識へとつながっていく(記号接地していく)のは、ゲームが楽しいからこそ起こることだと思うんです。

学ぶためのツールとしての「ゲーミフィケーション」と、純粋な「ゲーム」は、やはり明確に区別したほうがいいのかな と、わたしは思っています。 遊びが前面に出なくなった瞬間に、それはもうゲームではなくなってしまうのかな、と。

他とは違う学びや交流に、結果としてつながっていく。 そんな「遊び」としてのゲームがこれからもたくさん出てくることを、一人のゲーム好きとして願っています。


今回のエピソードの詳細は、こちらから聴くことができます。

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感想やコメントもお待ちしております。それでは、また。